井上ひさしは社会に対して積極的に行動し、発言しました。コラムやエッセイに書き、インタビューや講演で語ったことばの中から<今を考えるヒント>をご紹介します。

  1999年11月7日 読売新聞日曜版に掲載
核武装の主張
大川興業 今度の(パキスタンの)クーデターでインドとパキスタンの間で核戦争の危機が叫ばれていますが、やっぱり危険な状態なんですか?西村真悟(防衛庁政務次官) いや、核を両方が持った以上、核戦争は起きません。核を持たないところがいちばん危険なんだ。日本がいちばん危ない。日本も核武装したほうがええかもわからんということも国会で検討せなアカンな。「週刊プレイボーイ」十一月二日号
  これが辞任劇にまで発展した西村衆議院議員(自由党)の問題発言です。このあと西村議員はこうつづけています。〈核とは「抑止力」なんですよ。強姦ごうかんしてもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔になってるやん。けど、罰の抑止力があるからそうならない。周辺諸国が日本の大都市に中距離弾道ミサイルの照準を合わせておるのであれば、我々はいかにすべきなのがということを国会で論議する時期に日本もきているんです。(社民党が反対するはずと聞かれて)まあ、アホですわ、あんなもん。何を言うとんねんと。だからボク、社民党の女性議員に言うてやった。「お前が強姦されとってもオレは絶対に救ったらんぞ」と。
  ……集団的自衛権は「強姦されてる女を男が助ける」という原理ですわ。〉
  長々と引用したのは、共通日本語を使うときは少しは冷静で手続き論など開陳するのに、方言では暴走気味に本音を吐いてしまう様子が対照的でおもしろかったからです。
  この発言を読んで二つの感想を抱きました。一つは「強姦してもなんにも罰せられんのやったら、オレらみんな強姦魔になってるやん」という個所に、人間をそう安く見積もられてはかなわないと、小さな義憤をおぼえました。君子ぶるわけではないが、わたしと君とはちがう。「みんな」という大切な副詞をそう勝手に振り回してもらっては困る。同時に「かに甲羅こうらに似せて穴を掘る」というたとえも思い浮かべました。この御仁ごじんは、自分が強姦魔予備軍だから他人ひとまでそうだと思い込んでいる。し難いとはこのことです。
  第二の感想は「核とは『抑止力』なんですよ」という一行についてのもので、一九四五年の夏、アメリカは三発の原子爆弾を製造しました。最初の一発は実験場で爆発してトルーマンとチャーチルをよろこばせ、あとの二発はヒロシマとナガサキで三三万三六七四人の命を奪った(一九九九年八月九日現在)。以来五十有余年、例の抑止力理論なるものの後押しによって、核保有国の核弾頭は五万発にも達しています。その総爆発力は、高性能火薬に換算して二百億トンに相当します。これを世界人口で割ると……、地球上の人間はそれぞれ一人当たり三・三トン強の高性能火薬を背負って生きていることになる。この、悲惨すぎて滑稽こっけいに思えるほどの現実が、じつはそのまま抑止力になっている。この三・三トン強の高性能火薬を少しでも減らしてゼロに近づけなければという人類(一部の政治家、企業家、そして学者を除く)の無意識のうちの願いこそが抑止力なのです。
  なによりも、ヒロシマやナガサキの被爆者の方がたを軸とした世界的な反核運動のつよさが、これまでに何回も核保有国の核使用を抑えてきました。わたしはこれからも、こっちの方の抑止力にけようと心に決めながら、西村発言を読みました。
(一九九九年十一月七日)

『にほん語観察ノート』(中公文庫)に収録

    

Lists

 NEW!
 2001年「日本語講座」より
諭吉が諦めた「権利」
「日本語教室」(新潮新書)に収録


 1989年執筆
作曲家ハッター氏のこと
「餓鬼大将の論理エッセイ集10」
(中公文庫)に収録


 仙台文学館・井上ひさし戯曲講座「イプセン」より
近代の市民社会から生まれた市民のための演劇
「芝居の面白さ、教えます 海外編~井上ひさしの戯曲講座~」(作品社)に収録


 2005年の講和より再構成
憲法前文を読んでみる
『井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法』(講談社 2006年刊)に収録


 1998年5月18日 『報知新聞』 現代に生きる3
政治とはなにか
井上ひさし発掘エッセイ・セレクションⅡ
『この世の真実が見えてくる』に収録


 2004年6月
「記憶せよ、抗議せよ、そして生き延びよ」小森陽一対談集
(シネ・フロント社)より抜粋


 1964〜1969年放送
NHK人形劇『ひょっこりひょうたん島』より
『ドン・ガバチョの未来を信ずる歌』


 2001年11月17日 第十四回生活者大学校講座
「フツー人の誇りと責任」より抜粋
『あてになる国のつくり方』(光文社文庫)に収録


 2007年執筆
いちばん偉いのはどれか
『ふふふふ』(講談社文庫)、
『井上ひさしの憲法指南』(岩波現代文庫)に収録


 2009年執筆
権力の資源
「九条の会」呼びかけ人による憲法ゼミナール より抜粋
井上ひさし発掘エッセイ・セレクション「社会とことば」収録


 1996年
本と精神分析
「子供を本好きにするには」の巻 より抜粋
『本の運命』(文春文庫)に収録


 2007年執筆
政治家の要件
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2001年執筆
世界の真実、この一冊に
『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録


 戯曲雑誌「せりふの時代」2000年春号掲載
日本語は「文化」か、「実用」か?
『話し言葉の日本語』(新潮文庫)より抜粋


 1991年11月「中央公論」掲載
魯迅の講義ノート
『シャンハイムーン』谷崎賞受賞のことばより抜粋


 2001年8月9日 朝日新聞掲載
首相の靖国参拝問題
『井上ひさしコレクション』日本の巻(岩波書店)に収録


 1975年4月執筆
悪態技術
『井上ひさしベスト・エッセイ」(ちくま文庫)に収録


 講演 2003年5月24日「吉野作造を読み返す」より
憲法は「押しつけ」でない
『この人から受け継ぐもの』(岩波現代文庫)に収録


 2003年談話
政治に関心をもつこと
『井上ひさしと考える日本の農業』山下惣一編(家の光協会)
「フツーの人たちが問題意識をもたないと、行政も政治家も動かない」より抜粋


 2003年執筆
怯える前に相手を知ろう
『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録


 1974年執筆
謹賀新年
『巷談辞典』(河出文庫)に収録


 2008年
あっという間の出来事
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2008年
わたしの読書生活
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2001年
生きる希望が「なにを書くか」の原点
対談集「話し言葉の日本語」より


 2006年10月12日
日中文学交流公開シンポジウム「文学と映画」より
創作の秘儀―見えないものを見る


 「鬼と仏」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 2006年5月3日 <憲法制定60年>
「この日、集合」(紀伊國屋ホール)
“東京裁判と日本人の戦争責任”について(1)~(5)


 「核武装の主張」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


 「ウソのおきて」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


  2007年11月22日
社団法人自由人権協会(JCLU)創立60周年記念トークショー
「憲法」を熱く語ろう(1)~(2)


 「四月馬鹿」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 「かならず失敗する秘訣六カ条」2005年執筆
文藝春秋『「井上ひさしから、娘へ」57通の往復書簡』
(共著:井上綾)に収録


 「情報隠し」2006年執筆
講談社文庫『ふふふふ』に収録


 2008年3月30日 朝日新聞掲載
新聞と戦争 ―― メディアの果たす役割は
深みのある歴史分析こそ


 2007年5月5日 山形新聞掲載
憲法60年に思う 自信持ち世界へ発信