井上ひさしは社会に対して積極的に行動し、発言しました。コラムやエッセイに書き、インタビューや講演で語ったことばの中から<今を考えるヒント>をご紹介します。

NEW!
  2007年執筆

政治家の要件

  狂言師の坊っちゃんが親の芸を継ぎ、梨園(りえん)の坊っちゃまが家の芸を継ぐ。なんの問題もない。ちゃんと芸を継いだかどうかはまっすぐ舞台にあらわれて、わたしたち観客がじかにその成果を判断できるからである。それぞれに芸の型があるから、修得の手がかりがないわけではない。
  大工の(せがれ)が家業を継ぎ、農家の息子が田畑を受け継ぐ。これにも問題はない。箪笥(たんす)やお米に丹精の差があらわれて、わたしたちはその出来具合をじかに確かめることができるからである。(かんな)の使い方や早苗(さなえ)の扱い方にも正しいやり方が決まっているので修得の手立てはある。
  文筆の仕事となると、別の事情が入り込んでくる。成果のほどは読者が判定してくださるが、その途中については一切が(やぶ)の中、正しい小説、正しい戯曲、正しいエッセイなどというものが存在しないので、正しい修得法がない。文筆業の父親が、わが子を小説家や劇作家にしようとして、山ほど書物を用意し、りっぱな万年筆やワードプロセッサを買い与えても、正しい修得法がないので学びようがなく、子どもが苦しむだけである。文豪を世襲制にできないのは、文学に正しい修得法がないせいかもしれぬ。
  国会議員はどうだろうか。世襲の修得法があるだろうか。先ごろの自民党総裁選で、新聞や雑誌がこぞって「政界のサラブレッドの対決」という見出しを掲げていた。政治家は世襲制か。いまさら源平藤橘(げんぺいとうきつ)はないだろう、でもやはり祖父や父親が築いた三バン(地盤、看板、鞄=カネ)が有力政治家の要件かと苦い顔をしているうちに、法政大学前総長の清成忠男(きよなりただお)さんの名答を思い出した。「選択」(選択出版)の二〇〇七年七月号で、清成さんは、「世襲議員の国政支配が問題視されています」という質問に次のように答えておいでだ。
  
  <企業の場合なら、放っておいてもよいのです。結果は数字に出て、だめなら倒産するだけです。しかし、政治家の仕事の結果は見えにくく、国政への貢献度は問われません。優れた政治家の要件というものが日本では規定されていませんから、選挙で当選すれば評価されたことになります。(中略)彼らは、家業としての政治を(いとな)んでいるのであり、政治の舞台で闘う政治家ではありません。それを知りながら彼らに投票する国民の愚かさがもっと問題なのです。>
  
  国内の事情は一日ごとに変わって行き、国際情勢の変化となるともっとすさまじい。世界はいつも変わりつづけていて、しかもその変わり方ときたら変幻自在、今日正しかったことが明日はまちがいだったということがしょっちゅうである。世襲議員たちの祖父や父の代では有効だった考え方や手法で、この諸行無常(しょぎょうむじょう)の世の中の荒波を乗り切ることはむずかしい。その最悪の見本が、祖父の超国家主義的政治を真似ようとして自爆した前首相だった。未来の航路を予測しつつ、現在、打ち寄せてきている高波をどう乗り切るか、どう避けるか。そのための分析や判断や決断などの力が、御家代々の三バン芸で養われるはずはないのだが。
  第三の要件は、どの政党も財布(さいふ)の中味を公開すること。一つの政党をのぞいて、すべての政党にわたしたちの税金が入っているのだから、これは最低の要件である。
  ....と書いてきて、あんまり分かり切ったことばかりで、(あき)れてしまった。すべて政治のイロハ。ということは、日本の政治の大部分が政治以前の代物(しろもの)だったわけで、それを見過ごして、あの政治家は家系がいいだの、あの政治家は政界のサラブレッドだのと(はや)し立てているわたしたちの愚かさに冷汗が出る。日本の政治を上へ引き上げるには、わたしたちが、「国民の要件」を考える方が先かもしれない。
  ついでにいえば、石を投げれば世襲議員に命中するくらい二世や三世の議員が多い。自民党では、世襲議員が四割に達しようとしているという。政治家志望の官僚たちのあいだに、「自民党から打って出ようにも、世襲議員ばかりで空きがない」という(うわさ)がたって、民主党あたりから立候補するひとが多くなっているらしいが、とにかく世襲議員たちによる骨董屋(こっとうや)の店先のような古くさい政治は、もう閉口(へいこう)である。そこで、清成さんのいう「政治家の要件」はなにかと考えた。
  世界中に政治や経済の嵐が吹き荒れて、国の内外に荒波が立っている。その中をぶじに航海するには正確無比な羅針盤(らしんばん)が必要だ。その羅針盤が憲法であることは、すでに読者諸賢の御承知のところである。したがって政治家の要件の第一は憲法をきちんと守ることにある。そのとき、憲法の普遍性(どこでも通用するかどうか)が問われるが、主権在民(税金を払っている国民に最高の決定権があること)、人権の尊重、そして国際平和主義が三本柱の日本国憲法には、やはり普遍性がある。だから、くどいようだが、政治家は憲法のよき守り手でなくてはならない。
  第二に、これまでも折にふれて書いてきたことだが、政治の根本は、国有財産と税金の再分配にかかっている。a党は「教育や社会保障も大事だが、自衛のための軍備を整える方がもっと大事、国有財産と税金は自衛力の方へより多く回す」という。b党は「自衛のための軍備も大事だが、教育と福祉がもっと大事、国有財産と税金をより多く教育と福祉に回す」という。さらにc党は両者の中間に立っている。主権者の国民はそれぞれ、自分の考えを生かしてくれそうな政党を選ぶ。これが政党政治の骨組みだ。したがって、政治家は自党の政策に忠実であることが要件の第二。そうでないとわたしたちは選挙ができなくなる。

『ふふふふ』(講談社文庫)に収録

    

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 NEW!
 2007年執筆
政治家の要件
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2001年執筆
世界の真実、この一冊に
『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録


 戯曲雑誌「せりふの時代」2000年春号掲載
日本語は「文化」か、「実用」か?
『話し言葉の日本語』(新潮文庫)より抜粋


 1991年11月「中央公論」掲載
魯迅の講義ノート
『シャンハイムーン』谷崎賞受賞のことばより抜粋


 2001年8月9日 朝日新聞掲載
首相の靖国参拝問題
『井上ひさしコレクション』日本の巻(岩波書店)に収録


 1975年4月執筆
悪態技術
『井上ひさしベスト・エッセイ」(ちくま文庫)に収録


 講演 2003年5月24日「吉野作造を読み返す」より
憲法は「押しつけ」でない
『この人から受け継ぐもの』(岩波現代文庫)に収録


 2003年談話
政治に関心をもつこと
『井上ひさしと考える日本の農業』山下惣一編(家の光協会)
「フツーの人たちが問題意識をもたないと、行政も政治家も動かない」より抜粋


 2003年執筆
怯える前に相手を知ろう
『井上ひさしの読書眼鏡』(中公文庫)に収録


 1974年執筆
謹賀新年
『巷談辞典』(河出文庫)に収録


 2008年
あっという間の出来事
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2008年
わたしの読書生活
『ふふふふ』(講談社文庫)に収録


 2001年
生きる希望が「なにを書くか」の原点
対談集「話し言葉の日本語」より


 2006年10月12日
日中文学交流公開シンポジウム「文学と映画」より
創作の秘儀―見えないものを見る


 「鬼と仏」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 2006年5月3日 <憲法制定60年>
「この日、集合」(紀伊國屋ホール)
“東京裁判と日本人の戦争責任”について(1)~(5)


 「核武装の主張」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


 「ウソのおきて」1999年執筆
中公文庫『にほん語観察ノート』に収録


  2007年11月22日
社団法人自由人権協会(JCLU)創立60周年記念トークショー
「憲法」を熱く語ろう(1)~(2)


 「四月馬鹿」2002年執筆
講談社文庫『ふふふ』に収録


 「かならず失敗する秘訣六カ条」2005年執筆
文藝春秋『「井上ひさしから、娘へ」57通の往復書簡』
(共著:井上綾)に収録


 「情報隠し」2006年執筆
講談社文庫『ふふふふ』に収録


 2008年3月30日 朝日新聞掲載
新聞と戦争 ―― メディアの果たす役割は
深みのある歴史分析こそ


 2007年5月5日 山形新聞掲載
憲法60年に思う 自信持ち世界へ発信